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週刊たぬき速報

僕の"最小限"は留まることを知らない

ぼくたちに、もうモノは必要ない。を読んで最も「それだ!」と感じたこと

今回はミニマリストである佐々木さんの著書「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」の中で最も「それだ!」と感じたことについて書きます。その「それだ!」とは

 

モノが発する「沈黙のメッセージ」
モノを減らすと、集中力まで高まる。これはなぜだろうか?
モノだからといって、ただ黙って置かれているわけではない。置かれたモノはメッセージを発している。特に大切に扱われていないモノであればあるほどそのメッセージは強い。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。(佐々木典士/株式会社ワニブックス)

まさにこれなんですよね。モノが発するメッセージ。モノが多い煩わしさは物理的に邪魔であることや圧迫感はもちろんなのですが、それが発している情報なんですよね。

例えば、今ブログを書いていたとします。本棚の英語の本が「そろそろ英語の勉強をしたら?」と情報を発しています。英語に関心が移ることでブログの集中力が下がります。そして英語の勉強を初めてみます。次は本棚のお掃除の本が語りかけてきます。「掃除しなくていいの?目の前にある紙くずは捨てれるんじゃない?」。そして紙くずを捨てに行くと今度は落ちているペットボトルが「もう飲んだのなら捨てたら?」と言った具合に。

これは面白いブログを読んでいても同じですね。例えばまとめブログなどは楽しいコンテンツですが、興味をそそるタイトルが次から次へと目に入り、気が付くと多大な時間を浪費している。最初は何か1つの調べ物をしていただけだったのにです。

次から次へと新しい情報が入っていき、当初やっていたことがなんだったのかさえ覚えていません。僕が多動性なだけなのかもしれませんが、どちらにせよ今この瞬間にやっていることに集中できないのであれば対策は必要となります。それが物を捨てるという手段なんです。

ミニマリズム

 ミニマリストの方にお話を聞くと「ただ捨てただけで生活が変わった」と聞きます。それだけ聞くと「そんなわけない。宗教か。」といったような意見が出るのも仕方ないかと思います。しかし「結果」があれば必ず「原因」が存在します。視覚に入ってくる情報を消すだけで、そいつが放っていた情報も消え、頭の中を圧迫していた情報やそれに関連して発生する感情といったものがクリアになっていく。僕はそういった仮説を立てて、またそうなることを期待してミニマリズムを実践中です。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

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